ランニングスタートで日々前進

日課の早朝ランニング、運動と健康管理、詩や芸能、
日々気のついた出来事を記しています。
詩「朝の町」
 最近きなくさい話が多い。

 心は曇り空。

 けれど、ぼくはいつものように朝の町を走り続ける。

 それが生きるということだ。

 先日庭に咲いた黄色い花のイメージが、ようやくかたちになって
詩「朝の町」ができた。

 *   *   *

 朝の町
      堀場康一

咲いた 花が
黄色い花が
咲いた 花が
きれいに咲いた
見上げる大空
幾何学模様の雲が
一つ二つ
三つ四つ
五つ六つ
七つ八つ
ふわふわ
ふわふわ
ふわふわふわ
ふわふわふわふわふわ
そのうちからだがふわふわり
こころもかろやかふわふわり
朝のにおいがあたりをつつみ
起きる人
歩く人
走る人
漕ぐ人
ぼくの町
きみの町
それぞれの町
みんなの町


 付記
 2012.9.30 詩「朝の町」初稿。
 2012.10.1 加筆修正。

 *   *   *
| 詩とその周辺 | 01:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
詩「静かの海」、三陸の日、ランニング休止
 7月半ば、海の日に、サンダル履きで車止めチェーンをいじって
いて、うっかり左足中指をひっかけた。痛みがひどかったので、翌
日接骨院にかかり、整形外科でレントゲン写真をとってもらった。

 レントゲン検査では、左足中指の第一関節と第二関節の間で骨折
し、骨にひびが入っていた。骨のずれはなさそうだった。

 当然ながら、ランニングはできず、ずっと続けてきた早朝ランニ
ングは休止。残念だが仕方がない。

 あれから一カ月。早朝ランニングがなくなって、生活パターンが
すっり変わった。

 左足中指の骨折は大体治ったとはいえ、足の指は微妙で、すぐに
走れるようになるわけではない。まずはウォーキング、それから早
歩きで、徐々に足慣らし。

 元のようにランニングができるようになるのは、かなり先になり
そうだ。

 ところで今週月曜日、夕食に気仙沼産 生かつおタタキを食べた。
おいしかった。それから夜NHKテレビで「にっぽん紀行『だから
今、野球がしたい〜岩手 陸前高田〜』」を見た。東日本大震災を
経て、二年ぶりに社会人野球大会に参加した、陸前高田の野球チー
ムの思いが詰まっていた。陸前高田市は名古屋市の職員が継続して
支援していて、相互の行き来もあり、身近に感じた。

 そんなことから月曜日は個人的に「三陸の日」となった。

 二十代のとき社員旅行で松島湾めぐりをしたことがあるが、まだ
見ぬ三陸の海が脳裡に浮かび、一年ぶりに詩ができた。

 ここに詩「静かの海」を書きとめておく。

   *   *   *

   静かの海
            堀場康一

静かの海は凪いでいる
あの日荒れ狂ったことが
はるか遠い日の出来事であるかのように
静かの海は大空を越えて漂う
ぼくら人間は太古から海に育まれ暮らしてきた
あの日すべて変わったのかもしれない
あの日なにも変わらなかったのかもしれない
静かの海はひかりかがやく
海はぼくら人間を忘れてはいない
ぼくは海辺から離れた町の一室で
手を合わせ思い浮かべる
あまたの漁船が旗なびかせ
三陸の海を行き交う姿を

   *   *   *

関連リンク

にっぽん紀行|NHK
| 詩とその周辺 | 14:57 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
詩「大地」
 真夜中すぎてまだ目を覚ましている。

 「風」「夢」「瓦礫」ということばが脳裡に浮かび、旋律をかな
でて、久しぶりに詩ができた。

 まだ推敲の余地があるが、とりあえず日記に、できたばかりの詩
「大地」(「エール」から題名を変更)を書きとめておく。

   *   *   *

   大地
             堀場康一


風が吹きわたり
大空に消えていく
夢は流されても
けっして消えることはない
虚無が夜明けの岸壁を駆けて
希望の入り口にさしかかる
時代(とき)がめぐりきて
おだやかに町を包む

夢は瓦礫を越え
小舟を漕いで大海をめざす
行く先は遠くかすんで見えるが
おそれるに足らず
だれもあざけたりしないし
だれも押し止めたりしない
すべての暗闇を人々は通り抜けてきたから
すべての光明が人々を待ち受けているから

ぼくらの務めはほかでもない
目を覚まし立ち上がり
閉じた空間から出て世界と交わることだ
ひらけた地平にあらたに彫刻を作ることだ
むずかしいことが多いけれど
いつか明日の扉を開いて
思い切り笑顔で飛び跳ねよう
生きている大地にエールを送るために


・付記(2011.8.29)
2011年8月28日 初稿。詩の最初の題名は「エール」。
2011年8月29日 全体を修正し改稿。詩の題名を「大地」に変更。

   *   *   *
| 詩とその周辺 | 01:48 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
金子みすゞの虚無は絶望ではない。金子みすゞを擁護する。
 けさは6時過ぎランニング開始。

 連続ランニング503日目。(2010年3月7日から数えて)

 以前日記で触れたが、比叡山の千日回峰行のような荒行に比べた
ら、ぼくの毎朝のランニングなどたわいのないものかもしれない。

 とはいえ、継続することに意義がある。日々走り続けるのみだ。

 さて、けさは豊岡通経由で瑞穂公園へ行った。

 学校が夏休みに入って、朝のトレーニングだろうか。途中で中学
生(たぶん)の一団が次々に走ってくるのに出くわした。

 たどり着いた瑞穂公園で日比野寛先生像に挨拶して、野球場へ向
かう。この野球場ではいま高校野球の愛知県大会が行われている。
野球場前の広場で子供たちが朝のラジオ体操をしていた。こういう
子供たちの風景に出合うと、本当に夏休みが来たと思う。

 両足の調子がかなり回復してきたことを感じつつ、帰途に着いた。

 この調子で、暑い夏を乗り切りたいものだ。

   *   *   *

 先々週、7月4日の中日新聞・夕刊に尾形明子さんの評論「金子
みすゞの虚無」が掲載されていた。

 中日新聞の文化欄は大体ざっと目を通すようにしているが、久し
ぶりに興味深く読ませていただいた。

 金子みすゞの詩をいくつか引用し、金子みすゞのいわば不幸な生
い立ちに触れながら、いまや有名になった金子みすゞの詩に含まれ
る「底知れない怖さと虚無」について、くりかえし説明がなされて
いる。

 金子みすゞの生涯は、彼女と同郷の河久子さんの心血注いだ遺
作『北浦のおなご みすゞ哀歌』(作品社、2005年発行)にく
わしい。

 この本『北浦のおなご みすゞ哀歌』を読みはじめたとき、あた
かも金子みすゞ自身が語りかけているかのようで、ひどく衝撃を受
けて、ひとまず本を閉じた。それから再び本を開いて読みすすむの
に、長期間の猶予が必要だったのを覚えている。

 そのとき受けた衝撃を思い起こしながら、尾形明子さんの「金子
みすゞの虚無」を読みすすんだ。

 読み終えて、尾形明子さんはここでは文芸評論家として振舞って
いて、金子みすゞのような詩人でも、詩を味わい楽しむ読者でもな
いような気がした。

 こう書くと少々言いすぎかも知れないが、ぼくには、尾形さんが
金子みすゞに寄り添いつつ、未来を垣間見るのでなく、一人の傍観
者のように思えたものだ。

 詩人にとって「虚無」は必ずしも怖いものではない。よくある題
材の一つといってよい。

 同様に、詩の読者にとっても「虚無」は必ずしも怖いものではな
い。たとえば、こういう虚無的な詩もあるんだ、という感覚で読者
に迎えられるかもしれない。

 ぼくにとって金子みすゞの「虚無」は絶望でなく、希望への入り
口のような気がしている。絶望は虚無よりもっともっと底が深く、
ざらついていて、生々しいものだ。

 ぼくは金子みすゞが「国民的詩人」だと思ったことは一度もない
が、「国民的詩人」と名づけたい人がいれば、それはそれでいいと
思う。それを拒否する理由はぼくにはない。

 詩の作者と詩の読者(鑑賞者)は、まったく別人である。

 金子みすゞの詩をどのように受け取り、どのように感じるかは、
その読者の自由であり、読者の裁量にまかされている。

 その一方で、金子みすゞの詩をどのように受け取り、どのように
感じるかは、読者のおかれた立場・状況に左右されるだろう。

 金子みすゞの「見えない闇、影の部分」について、上述の『北浦
のおなご みすゞ哀歌』の末尾「解説」で、青木健さんが触れてい
る(同書、169頁参照)。

 尾形明子さんのいう「底知れない怖さと虚無」と、青木健さんが
指摘している「見えない闇、影の部分」は、おそらくつながってい
ると思われる。

 そして、ぼくは、その怖さ・虚無・闇・影の向こうに希望の光が
さしていると考える。

 残念なことに、金子みすゞは、愛児を残して二十六歳で自ら命を
絶ったが、彼女はそこに絶望だけを見ていたのでないと思う。何ら
かの希望へと、いのちをつないだのだと思いたい。

 『北浦のおなご みすゞ哀歌』の「後記」のなかの著者、河
久子さんの文章を引用させていただく。

 「みすゞの詩は森羅万象におよび、どの詩にも、ものの命の尊さ
や哀れ、はかなさが深く強く込められていることは、わたしの人生
の目標である命の尊さとの共感、まさに魂をゆさぶられる思いがし
た。」(同書、156頁参照)

 金子みすゞの虚無は絶望ではない。希望への入り口である。

 これまであまり考えたことがなかったが、ぼくは、金子みすゞの
虚無を擁護する。金子みすゞの詩を擁護する。


関連リンク

河久子著『北浦のおなご みすゞ哀歌』作品社、2005年
| 詩とその周辺 | 18:08 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「ラブソングは止まらない」と「愛が哀しいから」
 この頃音楽にうとくなったみたいだ。

 とくに十代や二十代の人たちが歌う曲があまりぴんと来ない。

 求めるものがちがうのかもしれない。

 ぼくが贅沢すぎるのかもしれない。

 しかるに、だだくさに生きることと贅沢に生きることとは、まっ
たく別の範疇に入る。

 だだくさなのは気分がよくないが、音楽に対して贅沢であること
はそれはそれで一つのあり方かもしれない。

 とはいえ、十代や二十代の人たちがうたう歌をただ聞き流すだけ
ではものさびしい。もう少し、聞き耳を立てて曲を聴いてはどうか
と思う。

 そういうふうに少し方向を変えて、ラジオのながら族としてラジ
オに耳を傾けよう。

 以前日記に書いたことがあるが、ぼくの詩のテーマの一つはラブ
ソング(恋歌)である。

 自分の詩はしばらく書けないが、たまたま店頭で見つけたCDに
入っていた曲に惹かれた。

 そのCD、今井美樹さんのシングル『ホントの気持ち』(2003年
7月30日発売)には、「ホントの気持ち」「ラブソングは止まらな
い」「PRISM」の三曲が収録されている。

 このうちの「ラブソングは止まらない」(作詞・作曲は布袋寅泰
さん)が軽い感じで、リズミカルで、なんとなく気に入っている。

 まさにラブソングそのもの。こういう曲がおおらかに歌えるのは、
今井美樹さん自身、精神的に落ち着いているからかも、と思った。

 ラブソングといえば、もう一つ。

 テレビドラマ『モンスターペアレント』(フジテレビ系列、2008
年7〜9月放映)の主題歌「愛が哀しいから」がときに思い浮かぶ。

 徳永英明さんが歌っている(山田ひろし作詞・徳永英明作曲)。

 この徳永英明さんの歌「愛が哀しいから」と、米倉涼子さん演じ
る弁護士・高村樹季の雰囲気が微妙に重なり合っていたのを覚えて
いる。

 愛は哀しいけれど、ラブソングは止まらない。

 というところかもしれない。

 ぼくはいま詩が書けないが、書けないというのはけっこうしんど
い。

 が、あきらめてもしようがない。あきらめるわけにはいかない。

 いつか詩の最初の一行が浮かぶことを期待して、

 だいぶ暑くなってきたが、

 いつものように早朝ランニングを続けるとしよう。


関連リンク

今井美樹さん「ラブソングは止まらない」(YouTube)
徳永英明さん「愛が哀しいから」(YouTube)
| 詩とその周辺 | 17:25 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
深夜便のうた「涙なんだ」
 NHKラジオを聞いていたら、深夜便のうた、宇崎竜童さん歌う
「涙なんだ」(阿木燿子作詞・宇崎竜童作曲)が流れていた。

 ゆったりとしたメロディーで、心がおだやかになる歌だと思う。

 ずっと「なみだ、なみだ」という曲だと思い込んでいた。

 人生は「なみだ、なみだ」かもしれないと思った。

 つい最近、曲名は「涙なんだ」ということを知った。

 「なみだ、なみだ」ではなかった。

 「なみだ、なみだ」では少々しつこいかもしれない。

 「涙なんだ」のほうが、けじめがついて、すっきりしているかも
しれない。

 かなしみはいつも自分とともにあるにしても、涙を流してばかり
いられない。

 涙を拭き、涙をかわかし、さっぱりとして、前を向いて生きてい
きたいものだ。


関連リンク

NHK ラジオ深夜便
| 詩とその周辺 | 01:46 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
詩「シマウマの夢」。シマウマ書房でのトークイベント。
 けさは6時過ぎランニング開始。瑞穂公園から田辺通、坂を上っ
て東山荘入口、坂を下って向田橋、瑞穂区役所経由で、40分弱の
ランニング。

 空模様はあやしかったが、どうやら雨は降らずにすんだ。

 毎年参加申込みをしている名古屋シティマラソン(11月23日
開催)は、9月3日(たった3日)で全種目の参加受付が終了し、
今年の参加はあきらめた。

 ちょっとさびしいけれど仕様がない。ほかのレースをさがして走
るよりほかにない。

 ところで先週土曜日(9月11日)に、久しぶりに名古屋を訪れ
た友人について、地下鉄・本山駅近くの古書店 シマウマ書房へ出
かけ、トークイベントに参加した。

 詩人 八木幹夫さんを講師に迎えた、「詩人・辻征夫さんの思い
出」と題されたトークショーだった。

 辻征夫さんは十年前に亡くなられたとのこと。ぼくはあまり知ら
なかったが、八木幹夫さんの味わい深い語りと詩の朗読を通じて、
辻征夫さんのことはもとより、詩の鑑賞や詩の作法など参考になる
ことを多く学ぶことができた。また詩を書くヒントも得られたよう
な気がした。

 このまえ詩の朗読会(ぐるぐる詩の輪)に参加したのが2007
年4月。それ以来詩の集まりには一度も参加していないので、久し
ぶりに陽の当たるところへ出たような気分だった。

 その余韻が残っていたのか、きのう夕食のあと「シマウマ」がな
んとなく頭にひらめいた。詩が書けそうな気がして詩を書き始め、
一日足らずで書き上げた。

 できたての詩「シマウマの夢」を書きおく。

   *   *   *

   シマウマの夢
                堀場康一


気象台もあきれるほど残暑のつづく九月の土曜日
本山の古書店 シマウマ書房に友と出かけた
シマウマ書房にシマウマはいなかったが
Y先生を慕う人々がいずこからともなく集い
地上から日の差し込む半地下の
あまたの古書本棚に囲まれた一室で
シマウマのように首を長くして
Y先生の文学トークに聞き入った
いまは亡き詩人T氏への共感と愛惜に満ちたお話は
フルコースのように味わい深いものだった

黒と緑と灰色の横縞のTシャツを着たぼくは
はじめて聞く話ばかりだったが
いつしかシマウマ気分にひたり
シマウマの鳴き方はどんなだろうとか
シマウマの好物や趣味はなんだろうとか
シマウマの出身はどこだろうとか
トリビアな質問が脳裡を行き来した
ぼくは動物園でしかシマウマを見たことがないが
シマウマはいったいどこに住んでいるのだろう
ぼくら人間も動物の仲間だから
案外身近なところにシマウマはひそんでいるかもしれない
こんど町角でシマウマに出合ったら
シマウマの鳴き声や好物や趣味や出身地や
いろんなことをたずねてみよう
シマウマくん そのときはよろしく

そんな夢想にあけくれるうちに
Y先生のトークショーはエピローグを迎えたが
ぼくの心はちぐはぐなままだった
このつぎY先生にお目にかかることがあれば
シマウマに気を取られぬよう用心しなくてはなりませぬ
シマウマくん そのときはまたよろしく


〔備考〕
 詩人 八木幹夫さんを講師に迎え、「詩人・辻征夫さんの思い
出」と題したトークイベントが、2010年9月11日(土)に
名古屋・本山駅近くのシマウマ書房で開催されました。

   *   *   *

関連リンク

名古屋シティマラソン
名古屋の古書店 シマウマ書房
| 詩とその周辺 | 13:52 | comments(4) | trackbacks(0) | pookmark |

+ 東日本大震災で被災された皆様に普通の生活が戻りますように、一日も早い復興・復旧を心からお祈りいたします
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