ランニングスタートで日々前進

日課の早朝ランニング、運動と健康管理、詩や芸能、
日々気のついた出来事を記しています。
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中日新聞「3ミリコント」に初掲載
 中日新聞の夕刊に「3ミリコント」というコーナーがあり、小気
味よい機知に富んだショートコントが毎日2点掲載されている。

 夕刊が来ると「3ミリコント」をちらりと見て、にやりとしたり、
洒落がよく効いていると思ったり、大仰にいえば一喜一憂するのが
日課となっている。

 「3ミリコント」の作品レベルは高い、というのが実感だ。

 掲載された作品のニックネームを見ていると、「3ミリコント」
の常連がかなりいるようだ。

 逆にいえば、作品を掲載してもらうのは容易でないということに
なる。

 その「3ミリコント」にぼくが応募した原稿が昨日の夕刊に掲載
された。

 ぼくの投稿作品が「3ミリコント」に採用されて掲載されたのは
初めてだったから、とてもうれしかった。

 十年ほど前から折にふれて「3ミリコント」に作品を応募してき
た。応募した数は多くないが、いざ応募するとなると、あれこれ頭
をひねり苦心した。

 その一方で、日々掲載されている作品のレベルの高さに唖然とし
たものだ。

 これならぼくの応募作が没になるのは明らかだ。

 そういう状況が長年続いて、ようやく自分の応募作が中日新聞の
夕刊に掲載されたので、ほんとうにうれしかった。

 これを励みに、一息入れたら、また「3ミリコント」に応募しよ
う。

 ある意味ぼくの人生も「3ミリコント」の類いかもしれないが、
先は長い。

 気を引き締め、前を向いて暮らしていこう。


関連リンク

中日新聞 (CHUNICHI Web)
| 詩とその周辺 | 23:11 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
無から
 無から生まれるものは際限がなく無限である。

 有から生まれるものはたかだか有限である。

 有限から無限への転成は心が躍る。

 無をめざすことで無限に一歩でも近づくことができる。

 無は無限を切り開く案内人。

 無とはなにか。

 無になることでしか無はわからないのかもしれない。

 いまは心を砕いて無をめざそう。

 そして無限を垣間見たいものだ。
| 日常雑記 | 00:20 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
“Ma solitude(私の孤独)”と向き合う
 ジョルジュ・ムスタキ(Georges Moustaki)死す。享年79歳。

 昨日フランスの歌手ジョルジュ・ムスタキさんの訃報を聞いて、
   “Ma solitude(私の孤独)”
 という彼の曲が脳裏に浮かんだ。
 聞くたびに心に問いかけてくる歌だ。
 きのうの朝、NHKラジオからこのムスタキの歌声が流れていた。

 “Ma solitude”のなかで繰り返されるフレーズ:

   Non je ne suis jamais seul avec ma solitude
   いや、ぼくは孤独と一緒だから決して一人じゃない。

  注:solitude(孤独)はフランス語では女性名詞。
    孤独を女性になぞらえて描いていると思われる。
    avec には「〜と一緒に」と「〜のために」という
    二つの意味が込められているようだ。

 この歌を聞きながら、久しぶりに孤独について思いをめぐらした。

   *   *   *

孤独と向き合うのは生やさしいことではない

孤独は個性か自惚れか
と問われれば
ぼくは躊躇なく自惚れをとるだろう

孤独という自惚れでぼくは気を紛らわせる。
孤独という自惚れでぼくは生きながらえる
孤独から逃れられるわけではないが
孤独と一緒に暮らすことはできる
ぼくの孤独とはそれくらいのものさ
とも思う

ほんとうに孤独な人にとって
「孤独」ということばは無意味に映るだろう

   *   *   *

 ジョルジュ・ムスタキさんのご冥福を心からお祈りします。


関連リンク

Georges Moustaki - Ma Solitude (YouTube)
  ジョルジュ・ムスタキさんのギター弾き語り「私の孤独」
アミカル・ド・シャンソン「私の孤独 Ma solitude」
Chantefable <歌物語>「私の孤独 Ma solitude」
| 詩とその周辺 | 23:10 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
詩「流れる」
 早朝といっても6時半ごろランニング開始。あいかわらず朝走り
始めるのが遅い。もっと早く起きないといけない。

 豊岡通から瑞穂公園へ向かう。天気はいい。この調子で、こんど
の日曜日まで天気がもつといいな。

 そうして日曜(3月10日)は気持ちよくハーフを走りたいもの
だ。

 瑞穂公園では中学生だろうか、朝のトレーニングをしている生徒
たちをおおぜい見かけた。こちらも負けてはいられない。

 陸上競技場前の日比野寛先生像にあいさつして帰途に就いた。

 さて先日「流れる」「流される」ということばが浮かんで、なん
となく詩になりそうな気がした。あれこれやりくりして詩ができた。

 できたての詩「流れる」を書き留める。

   *   *   *

   流れる

            堀場康一


しあわせ探しがはじまる
朝の町
日が差し翳り
流れ流され
とけてただよい
ぱたぱた駆けて
交差点
高速道路が頭上を走る
Anything goes.
これでいいのだ



空気がふるえ
車が動き出す
ちぎれ雲が逃げていく
ゆくものはゆくがよい
というと
格言じみて新鮮味に欠ける
われはいずこへ
かの地平へ
流れ流され
とけてただよい
すたすた駆けて
住みなれた町の
歩きなれた橋の上
川面の写し絵がゆれる
流れる似姿をみすごすわけではない
流される似姿にあらがうわけではない
で 成算はあるのかい
問題を碁盤目のように整理しても
回答は留守電のようにいつも同じ
いま
仕事服に着替えて
ボイストレーニングしたい気分
天気はどうやら
週末までもちそうらしい

   *   *   *

関連リンク

マラソンフェスティバル ナゴヤ・愛知 2013
名古屋シティマラソン2013
| 詩とその周辺 | 16:44 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
詩「いま」
 朝、雨降り。小降りになるのを見計らって、いつものようにラン
ニング開始。外は暗い。散歩している人はいない。瑞穂通を北上し、
博物館前まで行って帰途についた。雨は降りつづいた。

 きょうは成人の日。天気はよくないけれど、新成人にとっては晴れ
の日。実り多い人生となるように願っている。

 寒い一日だが、ひさしぶりに詩ができて、なんとなくほっとした。
できたばかりの詩「いま」を書き留めておく。

   *   *   *

 いま
        堀場康一

いまはいま
生きている
いまをほうりあげると
風になる
雲をはらして
風はとぶ
とんで
とんで
とんで
坂をあがり
丘をこえ
川をわたり
風がふく

いまはいま
生きている
いまが宙返りすると
夢になる


黄色
いろとりどりの
夢の世界
きらきら
もやもや
ふわふわ
空をとび
ビルをこえ
大地を滑走して
夢からさめる

いまはいま
生きている
いまはいま
心に灯をともす


 付記
 2013.1.14 詩「いま」初稿。
 2013.1.28 11〜12行目を修正。

   *   *   *
| 詩とその周辺 | 16:30 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
詩「朝の町」
 最近きなくさい話が多い。

 心は曇り空。

 けれど、ぼくはいつものように朝の町を走り続ける。

 それが生きるということだ。

 先日庭に咲いた黄色い花のイメージが、ようやくかたちになって
詩「朝の町」ができた。

 *   *   *

 朝の町
      堀場康一

咲いた 花が
黄色い花が
咲いた 花が
きれいに咲いた
見上げる大空
幾何学模様の雲が
一つ二つ
三つ四つ
五つ六つ
七つ八つ
ふわふわ
ふわふわ
ふわふわふわ
ふわふわふわふわふわ
そのうちからだがふわふわり
こころもかろやかふわふわり
朝のにおいがあたりをつつみ
起きる人
歩く人
走る人
漕ぐ人
ぼくの町
きみの町
それぞれの町
みんなの町


 付記
 2012.9.30 詩「朝の町」初稿。
 2012.10.1 加筆修正。

 *   *   *
| 詩とその周辺 | 01:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
「反日イデオロギー」に依存する中国の未来を憂う
 昨日の日記に「西隣の大国」と記した中国が、さびしいことに、
さらにカオスの道をつきすすんでいる。

 従来「漢民族」もしくは「漢民族思想」が中国の統治の礎(いし
ずえ)もしくは求心力として、採り上げられてきた。

 しかし、漢民族自体が多様な民族の集合体であり、漢民族として
一括りに論じることがむずかしいことなどから、最近はメディアで
の「漢民族」という用語の使用が減ってきているようだ。

 このような方向性は、「漢民族」の範疇に入らない「周辺少数民
族」をいたずらに刺激しないようにしよう、という中国政府の思惑
が絡んでいるのかもしれない。

 もちろん、「周辺少数民族」でなにか問題が起これば容赦なく取
り締まるという中国政府のスタンスは、従来どおり変わりがないよ
うに見受けられる。

 漢民族思想がやや希薄になり、それに代わって中国の国家統治の
求心力となるものを追い求めて、結局「反日イデオロギー」よりほ
かになく、「反日イデオロギー」に依存せざるをえないというのが
中国政府および中国社会の現状であろう。

 中国が「反日イデオロギー」に傾斜すればするほど、中国社会は
さらなるカオスへ向かう危険をはらんでいる。

 天安門事件や紅衛兵運動にとどまらない。

 旧ソビエト連邦が崩壊したように、中国が崩壊する可能性がない
とは言い切れない。

 一人の人間であれば、自分に甘く、他人に厳しい人間は、孤立し
て自滅への道を歩む。

 それと同様に、一つの国であれば、自国に甘く、他国に厳しい国
は、次第に周辺諸国および世界から孤立し、いずれ自壊への道を歩
むことになろう。

 私自身は、中国という国がそのような自壊への道を選択しないこ
とを願っている。

 というのも中国は、好きか嫌いかという枠を越えて、日本と深い
歴史的つながりがあるからだ。

 中国が崩壊すれば、わが日本にも政治、経済、社会全般に及ぶ計
り知れない影響がある。旧ソビエト連邦の崩壊とは比較にならない。

 くりかえしになるが、中国が国家統治の求心力を「反日イデオロ
ギー」に依存し、「反日イデオロギー」に政治・社会が傾斜すれば
するほど、中国はさらなるカオスへと向かう。そして中国の政治・
経済・社会のあらゆる矛盾が一挙に表面化し、さらけ出され、その
先には崩壊と再建のはてしない試練が待っている。

 もちろん、日本がこのままでよいというわけではない。第二次大
戦後ないがしろにしてきた領土問題の解決策を探り、自国の立場を
明確にして国際交渉に臨むという姿勢を、まず確立しなくてはいけ
ない。

 これまでのように、日本政府が中途半端な態度を取り続けていて
は、隣国の中国・韓国・ロシア・台湾・北朝鮮も対応に苦慮する。

 日本政府のあいまいで中途半端な姿勢は、隣国をいたずらに刺激
するばかりだ。

 「反日イデオロギー」に対処するには、まずもってわが日本は、
領土問題をはじめ自国の立場を明確にし、隣国はもとより、世界に
向かって広く念入りに語りつづけなくてはいけない。

 日本政府が公式に、隣国および世界に向けて明白なメッセージを
発信することを、切に望む。

 ただし、反中国・反韓・反朝鮮に固執すれば、日本自体が孤立へ
の道を歩まざるをえなくなるだろう。

 「反……」なるイデオロギーは心の深層で自虐・自暴自棄につな
がり、発せられた批判・非難はいずれ「反……」なるイデオロギー
を発した彼もしくは彼女の身に一斉に降りかかることになる。

 なお私自身は、中国政府および中国社会が「反日イデオロギー」
に依存するかぎり、中国の新たな発展はむずかしいと考えている。

 「漢民族思想」でもない「反日イデオロギー」でもない、国家統
治の礎(いしずえ)もしくは求心力を中国政府および中国社会が見
出すことができるかどうかが、かぎとなろう。

 数千年の歴史を振り返ると、中国は万世一系の統治体制をことご
とく否定してきた。下剋上は当たり前の社会であり、少しでも注意
を怠れば、たちどころにカオスの道へ足を踏み入れかねない。

 民族・思想・宗教の多様性を許容できないでいる統治体制、歯止
めなき市場原理導入と貧富の差が拡大する社会、一国二制度という
つじつまあわせに苦慮する政府および国民。――いまや中国社会は
過去に例のない未知の世界に入り込んだといえよう。

 であればなおさら、中国の人々が慎重かつ冷静に行動することが
望まれる。

 と同時に、われわれ日本人も、慎重かつ冷静に行動しなくてはな
らない。
| 日常雑記 | 23:39 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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