ランニングスタートで日々前進

日課の早朝ランニング、運動と健康管理、詩や芸能、
日々気のついた出来事を記しています。
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沖縄の辺野古は第二の三里塚になる。─ 民主党の普天間基地県外移設方針の変節・転換
 テレビのクイズ番組を見ていたら漢字の問題が出てきて、なんと
なく「羊頭狗肉」という四文字熟語が浮かんだ。

 辞書によれば、「羊頭狗肉」は「羊頭を懸けて狗肉を売る」とい
うことわざと同じで、その意味は、
 「見かけだけ立派にして、実質が伴わないたとえ。看板に偽りが
  あること。羊の頭を看板に出しておき、その実は狗(いぬ)の
  肉を売ること。」
 とある。
(三省堂編修所編『実用ことわざ慣用句辞典』三省堂発行、参照)

 鳩山首相の総理就任以来の言動を見ていると、典型的な羊頭狗肉
であり、二枚舌の持ち主である。二枚舌どころか、三枚舌、四枚舌、
五枚舌、……、かもしれない。

 普天間基地の県外移設をはっきりと主張したのは、ほかでもない
鳩山首相自身である。

 昨年2009年8月30日の衆議院総選挙で民主党が勝利し、政
権をとった。

 民主党政権下の今年1月24日の名護市長選挙で、普天間基地の
辺野古移設に反対する稲嶺市長が当選したのは、当然の成り行きと
いえよう。

 にもかかわらず、いまになって、沖縄県の仲井真知事や名護市の
稲嶺市長に普天間基地の辺野古移設をお願いしにいくとは、もはや
見境がつかなくなったのかもしれない。

 日曜(5月23日)の鳩山首相の沖縄訪問のニュースを聞いて、
そんなことを考えた。

(鳩山首相には申し訳ないが、鳩山首相の顔を見ると気が滅入るの
で、テレビ画面に鳩山首相が登場した時に自動的かつ一時的に画面
と音声が消えるようなテレビが開発されるとありがたい。)

 繰り返すが、沖縄の人々の心に、普天間基地の沖縄県内移設反対
の火をつけたのは、鳩山首相自身である。

 いったんついた反対の炎はもはや消えることはない。

 名護市の辺野古が第二の三里塚になるような気がする。

 甘い汁には日頃から注意しなくてはいけない。苦い水をあとで飲
まされるおそれがある。

 普天間基地移設問題の解決は容易ではないが、いまは沖縄の人々
の願いが受け入れられ、普天間基地撤去・沖縄県外移設がかなえら
れるように祈るよりほかにない。
| 沖縄 | 00:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
沖縄 慰霊の日─沖縄戦から63年
 けさは6時すぎランニング開始。

 けさも運よく、雨上がりの朝。走るのにはありがたい。

 新堀川沿いに高蔵橋まで走り、西に折れ、日本ガイシ本社の前を
通過。

 きのう日曜朝、NHK「経済羅針盤」に日本ガイシの松下社長が
出演されていたが、日本ガイシ周辺の町の環境も変わりつつある。

 さらに西へ向かい、名鉄・JRの跨線橋を越え、高蔵交差点へ。

 堀川の旗屋橋を越え、名古屋国際会議場、名古屋学院大学をぐる
りと回る。

 ふたたび堀川の御陵橋を渡って、帰途に着いた。

 ランニングのペースはまあまあというところ。

 きょうは沖縄 慰霊の日。沖縄戦から63年が過ぎた。

 お昼から糸満市摩文仁にある平和祈念公園で沖縄全戦没者追悼式
が開かれた。

 読谷小学校4年生の男の子が高らかに朗読した平和の詩が、心に
ひびいた。

 毎年この時期になると、沖縄のことがいつもより多く思い浮かぶ。

 あれこれ思いにふけっていたら、久しぶりに俳句ができた。

   島人の祈り重なる慰霊の日

 ぼく自身にできることは限られているが、平和を希求する意志は
もちつづけるだろう。

関連リンク

沖縄県平和祈念資料館
史実継承誓う 慰霊の日、摩文仁に5670人(琉球新報 2008/06/23付記事)
歴史の真実 後世に/慰霊の日 礎の銘に祈る遺族(沖縄タイムス 2008/06/23付記事)
詩「わたしのウチナー(沖縄)」
| 沖縄 | 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
沖縄の本土復帰36年。料理の食べ残しとおもてなしの心。
 けさは6時すぎランニング開始。

 きのうとうってかわり、空は晴れ、気分よく走りはじめた。

 荒畑を経て、鶴舞公園へ行った。

 公園の菖蒲池ではハナショウブがあちこちに咲き始めた。青、紫、
白、薄紅など色とりどり。カメラマンも数人いて、カメラを向けて
狙っていた。

 奏楽堂のまわりでは、朝のラジオ体操がちょうど始まったところ。
たくさん人が集まっていた。

 鶴舞公園を西へ横切り、あとはひたすら南へ。調子はいい。

 高辻まで来ればあと一走り。

 すたすたすたすた、すたこらさっさ、家にたどりついた。

   *   *   *

 さて暦は5月15日。

 沖縄の本土復帰は1972年5月15日だったから、今日でちょ
うど36年になる。

 この36年の間に沖縄のおかれた状況は大きく変化したか?

 と問われれば、

 沖縄にその四分の三が集中している在日米軍基地をはじめ、大き
な変化はみられない。

 沖縄の自治拡大についてもほとんど進展はない。

 最近は、基地の島・沖縄と観光地・沖縄とが切り離されてマスコ
ミやニュースで取り上げられることが多くなった。

 そのせいか、沖縄の現状というか全体像がなかなか見えづらい。

 沖縄県でも5月15日が何の日か知らない学生がふえてきたとの
こと。

 沖縄の米軍基地がこのまま既成事実にならず、米軍基地の再編・
縮小が少しでも実現することを願うのみ。

   *   *   *

 それからもう一つ。

 昨秋食品偽装が明らかになった船場吉兆で、今度は、お客の食べ
残した料理を使い回していたことが表面化し、問題となっている。

 お客の食べ残した料理の使い回しが、業界や一般の常識からかけ
離れた行為であることはいうまでもない。

 ここでは「食べ残された料理」について考えてみたい。

 蒼井優さんが演じる、ドラマ「おせん」の主人公おせんさんなら、
たとえば、こう言うかもしれない。

「お客様に出した料理に食べ残しがあったとすれば、お客様の気持
がわからずに、お客様の気に入らない料理を出してしまったことに
なります。
 したがって、料理の食べ残しは、料理を出した側にとって恥ずか
しいことではないでしょうか。
 料理に食べ残しがないように、お客様の気持を推し量りながら、
メニューや量を工夫してさしあげる。
 それがおもてなしの心に通じると思います。」

 換言すれば、お店の料理に食べ残しが多ければ多いほど、その店
のサービスはお客の気持から離れている、つまりお客の気持が全然
わかっていないといえそうだ。

 船場吉兆にどのていど食べ残しがあったか、ぼくは知らないが、

 料理の食べ残しの多い店はおもてなしの心を忘れている、

 と言って差し支えないだろう。

関連リンク

復帰36年の5月15日 「何の日か…」県内学生大半知らず(琉球新報記事 2008/05/15付)
ドラマ「おせん」
| 沖縄 | 23:59 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
きょうは十・十空襲の日
 朝、寝起きにラジオを聞いていたら、NHKラジオで「きょうは
何の日」をやっていた。

 そのなかで、きょうは「十・十空襲の日」というのがあった。

 いまから63年前、1944年(昭和19年)10月10日に、
米軍の無差別空爆が沖縄全域であった。とくに那覇市で空爆による
被害がひどかったとのこと。

 前は10月10日といえば「体育の日」だったが、「体育の日」
が10月の第二月曜日となり、10月10日の雰囲気が変わった。

 十・十空襲のことを知ったのは最近のこと。

 十・十空襲から半年近くたって、沖縄戦が始まった。

 そんなことを思いながら、けさは久しぶりに6時前にランニング
開始。

 豊岡通から瑞穂通を北上。市大病院前まで行って、引き返した。

 いつもより早いせいか、人通りが少ない。

 けさは歩幅を維持し、ペースを落とさずに走ることを心がけた。

 名古屋シティマラソンまで50日を切ったので、少しずつ準備し
ないといけない。

 きょうは母が朝早くから出かけたこともあり、なんとなく慌しい
一日の始まりだった。

 日々感じることはいろいろあるが、

 いちばん大切なのは、さて自分はどうするか、
 ということだと思う。

 自分の行動、自分の振る舞い、自分の言動、自分の生き様…
 それを恥ずかしくないようにすることだと思う。

 となると、ぼく自身の生活をきちんと構築しないといけない。

 口で言うほど容易ではないが、徐々に自分が変わりつつあるよう
な気がする。

 祈りのうちにいま(現在)があり、
 祈りの向こうに未来がある。

 祈りや願いは個人的なもの。

 折にふれて祈り、願いながら、未来をめざそう。

関連リンク

沖縄戦関係資料閲覧室
わたしたちの那覇市−総合学習
| 沖縄 | 23:50 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
沖縄9・29教科書検定意見撤回を求める県民大会、11万人結集
 けさは6時すぎランニング開始。

 新堀川の立石橋から西へ折れた。沢上陸橋を越え、堀川へ向かう。

 住吉橋から堀川沿いに南下。国際会議場を過ぎて、熱田記念橋で
堀川と別れを告げ、帰途に着いた。

 昨日、名古屋シティマラソンのハーフ40歳以上の参加を申し込
んだ。

 今年の名古屋シティマラソンは、各自申告した予想タイム順に整
列し、スタートするようだ。

 ぼくはハーフマラソンの予想タイム 1時間41分で申告してお
いた。

   *   *   *

 先週9月29日、沖縄の宜野湾市・海浜公園で「教科書検定意見
撤回を求める県民大会」が開催された。

 県民大会を呼びかけるチラシの表には、次のように書かれていた。

       行かなくちゃ!
     教科書検定意見撤回を求める
       9・29県民大会
   2007年9月29日(土)午後3時
     宜野湾市海浜公園多目的広場
     午後2時よりアトラクションあり

      このままでは、
      歴史の事実が
      消されてしまう。

 この9月29日の県民大会には約11万人が参加し、沖縄の本土
復帰後で最大規模の集会となった。(宮古、八重山でも同様の大会
を開催)

 沖縄県のいまの人口は約137万人だから、その十分の一近くの
人たちが、集会に参加したことになる。

 本当にものすごいエネルギーを感じる大会となった。

 大会実行委員長は仲里利信県議会議長、

 仲井真知事も壇上で挨拶・アピールをされ、

 沖縄県民全体の意向を反映した、島ぐるみの抗議集会となった。

   *   *   *

 沖縄の9・29県民大会からきょうで3日目。

 本土の政府が少しずつ動きはじめた。

 いつも、沖縄の人たちが抗議の声を張り上げないことには、政府
は動こうとしない。

 相変わらずのんびりした対応だけれど、政府がようやく腰を上げ
始めたようだ。

 沖縄戦における集団自決(強制集団死)が日本軍の関与なしには
起こりえなかったことは、体験者の証言から、否定できない事実だ
といえる。

 あらためて、9・29県民大会の「大会決議文」から最後の部分
を引用させていただく。

    ………………………………………………………………
    よって、沖縄県民は、本日の県民大会において、県民
   の総意として国に対し今回の教科書検定意見が撤回され、
   「集団自決」記述の回復が直ちに行われるよう決議する。

    平成19年9月29日
    9・29教科書検定意見撤回を求める県民大会実行委員会。


 沖縄戦での集団自決に関する、政府=文部科学省の教科書検定意
見が早く撤回されることを、心から願っている。

関連リンク

【速報】検定意見撤回を 県民大会で総意訴え(琉球新報 2007/09/29付記事)
  このなかの「PDF版速報」には、集団自決の概要や証言と共に、
  「県民へのアピール」「大会決議文」が収録されている。
11万6000人結集 検定撤回要求(琉球新報 2007/09/30付記事)
11万人結集 抗議/検定撤回 9・29県民大会(沖縄タイムス 2007/09/30付記事)
沖縄戦での日本軍に強制された集団自決と、それに対する教科書検定の撤回を要求する沖縄県議会の意見書(2007/07/22付 日記)
| 沖縄 | 23:36 | comments(1) | trackbacks(0) | pookmark |
沖縄への道
 けさは体調がよくなかったので、ランニングは休んだ。

 せきがなかなか止まらない。はやく風邪を治すこと。

 ランニングを休むと、脚力や筋力に影響はないか心配だ。

 ストレッチをやってみた感じでは、筋力はまだそんなに衰えてい
ないようだ。

 なんとか脚力や筋力を維持したい。

 そのためにも、はやく体調を回復して、毎日のランニングをはじ
めたいと思う。

 詩「わたしのウチナー(沖縄)」を仕上げて、少し気持ちが楽に
なった。

 三線の伴奏に合わせて語るような感じで、詩を書いてみた。

 はたして詩として成立するかどうか、判断はむずかしいところだ
けれど、

 いちおう詩のつもりで書いた。

 ところで、沖縄の地名が登場するぼくの詩は、「アレン・ギンズ
バーグに」(初出:「地平線」6号、1974年4月発行)と、今
回の「わたしのウチナー(沖縄)」の2編のみ。

 それも、詩「アレン・ギンズバーグに」には「コザ」という地名
が一度登場するのみだ。
(1974年4月1日にコザ市と美里村が合併し、沖縄市として新
たに発足した。)

 沖縄のことは十代の終わりころから折に触れて考えてきたが、き
ちんと沖縄と向き合おうという気持ちは、これまでなかったのかも
しれない。

 今回の詩「わたしのウチナー(沖縄)」で、沖縄を正面から見つ
めるきっかけができたような気がする。

 いろいろ見方はあるだろうが、沖縄の米軍基地再編・縮小が進行
しないかぎり、日本の望ましい未来はないと、ぼくは思っている。

 ぼくはまだ沖縄に行ったことがないが、半日もあれば、名古屋を
発って沖縄に着くことができる。

 ぼくにとって沖縄への道はまだ遠いが、

 はやく気楽に沖縄へ行けるようになりたいと思う。

関連リンク

詩「わたしのウチナー(沖縄)」
詩「アレン・ギンズバーグに」
| 沖縄 | 23:55 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |
詩「わたしのウチナー(沖縄)」。「ざわわ…」の季節。
 風邪をこじらせ、おとといから早朝ランニングをやめている。

 したがって連続ランニングは234日(2006.12.8〜2007.7.29)
でひとまず打ち切り。

 体調がよくなったら、またゼロから早朝ランニングを始めよう。

 7時ごろ朝食をとり、いつもの一日が始まった。

 おととい近所の医者で診てもらったときは風邪がひどかったが、
だいぶ治ってきたので、ほっとしている。

 この調子で、早く風邪を治したいものだ。

 この日曜のNHKのど自慢で、「さとうきび畑」をある女性が歌
っていた。

 その歌を聞きながら、今年も「ざわわ…」の季節がやってきたと
思った。

 参院選沖縄選挙区では、糸数慶子さん(無所属、野党統一候補)
が、西銘順志郎さん(自民公認、公明推薦)を大差で破り、当選し
た。
 (糸数慶子さん 376,460票 : 西銘順志郎さん 249,136票)

 参院選挙戦が始まった頃、沖縄戦の集団自決に関する教科書検定
=書き換えが、大きな問題となっていた。

 前に日記で触れたように、沖縄県全体として今回の教科書検定=
書き換えに反対の声を上げた。当然、糸数慶子さんも西銘順志郎さ
んも今回の教科書検定には反対だ。

 安部首相がこの教科書検定に賛成の立場を崩さなかったので、自
民党公認の西銘順志郎さんは、最初から選挙がやりにくかったよう
だ。

 それに反自民の流れが加わり、ついに糸数慶子さんが圧勝し、返
り咲いた。

 「さとうきび畑」の歌、
 沖縄戦の集団自決に関する教科書検定、
 7月18日にうるま市の県立沖縄高等養護学校に米軍装甲車が無
断で侵入したという報道、
 2004年8月の沖縄国際大学・本館に米軍ヘリコプターが墜落
した事故に関連し、本日、米兵を書類送検したというニュース、

 など見聞していて、沖縄のことが気になってしかたなかった。

 それで、いまの自分の気持ちを、沖縄のおじぃ(おじいさん)に
託して、詩「わたしのウチナー(沖縄)」を作った。

 ぼくは、まだ沖縄へ行ったことがなく、ウチナーグチ(沖縄語・
沖縄ことば)もほとんど知らないので、沖縄の人がこの詩を読んだ
ら、少しおかしいところがあるかもしれない。

 おかしいところがあったら、ご指摘いただければ幸いです。

   *     *     *

   わたしのウチナー(沖縄)
                       堀場康一

エイヤー エイヤー エイヤー 舟漕いで
エイヤー エイヤー 島人(しまんちゅ)ぬ心意気

むかしこの島に基地はなかった
青い海と空と畑と森に囲まれて
わたしらは暮らしていた

十・十空襲で米軍機の無差別爆撃を受けたあと
まもなく苛酷な沖縄戦が始まり
日本兵と一緒に住民がおおぜい余儀なく命を落とした
一九四五年夏に戦争に負けてから
米兵が続々この島に乗り込んできた
米軍基地がここかしこに強制的に作られ
いつしか沖縄は基地の島になった
一九七二年五月十五日沖縄はアメリカから本土へ復帰したが
その後も米軍基地は居座っている
ベトナム戦争や湾岸戦争やイラク戦争のときも
米兵たちの戦闘機や軍艦がここから出撃した
そして沖縄では
米兵による少女暴行事件が起きたり
米軍ヘリコプターが大学校舎に墜落炎上したり
米軍装甲車が養護学校に無断侵入したり
いまも戦争と隣り合わせの日々がつづいている
なんでかねー

いまの若いもんにはわからんだろうが
おじぃやおばぁは知っている
青い海と空と畑と森に囲まれた
基地のない島 ウチナー(沖縄)
そういう島があったことを思い描いてほしい
イメージが湧かんかったら
おじぃやおばぁにいっぺー聞いてくれ
おじぃやおばぁが元気なうちにいっぺー聞いたらいいさ

むかしこの島に基地はなかった
青い海と空と畑と森に囲まれて
わたしらは暮らしていた

エイヤー エイヤー エイヤー 舟漕いで
エイヤー エイヤー 島人ぬ心意気

   *     *     *

備考

・詩のことばについて

 ぼくの知っているウチナーグチ(沖縄語・沖縄ことば)をいくつ
か入れてみました。

 〔ウチナーグチ〕  〔意味〕

  ウチナー      沖縄
  島人(しまんちゅ) 沖縄の人
  島人ぬ       島人の
  なんでかねー    なんでかねー?(いろいろニュアンスが
            あるみたいで説明しづらいです…)
  おじぃ       おじいさん
  おばぁ       おばあさん
  いっぺー      いっぱい

 なお「エイヤー」ですが、
 那覇市で毎年5月3〜5日に開催される『那覇ハーリー』では
「エイヤー!エイヤー!」という掛け声で船を漕ぐそうです。
沖縄コラム「じゅんにかー!?」2004年5月号 参照。)

 また沖縄の踊りでは「エイヤーサッサー」という掛け声をかける
ようです。

 「エイヤー」という掛け声・合いの手は、沖縄に限らず、他の地
域でもよく使われるように思います。ぼくもときどき使います。

 ほかに名古屋弁を少し混ぜましたので、
 標準語(東京弁)とウチナーグチと名古屋弁のチャンプルーみた
いになりました。

・詩の題名について
 最初「エイヤー・ウチナー(沖縄)」としましたが、
 「わたしのウチナー(沖縄)」に変更しました。(2007.8.2)

関連リンク

『さとうきび畑の唄』と沖縄戦(2004/08/04付日記)
沖縄戦での日本軍に強制された集団自決と、それに対する教科書検定の撤回を要求する沖縄県議会の意見書(2007/07/22付日記)
| 沖縄 | 21:01 | comments(0) | trackbacks(0) | pookmark |

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